| 『時代の鏡』は13世紀のスィブト・イブヌル・ジャウズィーによるアラビア語の歴史書である。同時代史料として、また他では伝わらない史料を引用するものとして、その史料的価値は高い。しかし部分的な刊本があるだけで、全体の校訂、出版はなされていない。本書について史料学的考察を行ったのが本論文であり、橋爪氏はこの著作の写本群を整理し、そのテキストの成立について新たな知見を提出した。
これまでの研究(ジェウェット、カーエン、グオ、橋爪)によると、『時代の鏡』には記述内容の異なる2系統の写本群があり、一つは「原著の写し版」、他方はユーニーニーによって改訂増補された『要約』であると考えられていた。橋爪氏は引用の典拠の記載・不記載、記述量の違い、著者の発言を示す場合の表現の違い、などに着目して写本を分類し、これまでどちらの系統に属すか判明しなかった多数の写本の位置づけを明らかにした。
また「原著の写し版」と考えられていたものも、写本の精査を通して、スィブト自身の著作を写したものではなく、ユーニーニーの『要約』とは異なる、別の要約版(橋爪氏は『抜粋版』と呼ぶ)を写したものであると考える。これによって『要約』が原書よりも増補されているという無理な説明を避けることができ、二つの写本群はともに、スィブト自身の著作を別個に要約した二つのソースにそれぞれ基づいている、という結論が導き出された。
この史料研究への沈潜からどのような歴史像が描き出されるのか、現段階では明らかでないにせよ、史料の分析は丁寧で手堅く、先行研究が見落としていた点をつくことによって新しい見解を導き出しており、その論述も明快であり信用できる。この点を評価して日本オリエント学会は、橋爪烈氏に本年度の奨励賞を授与することを決定した。
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