第43回(令和3年度)奨励賞受賞者(令和3年10月30日授与)

第43回(令和3年度)奨励賞受賞者(令和3年10月30日授与)

第43回(令和3年度)奨励賞受賞者(令和3年10月30日授与)

氏名 所属機関・職名
(受賞対象論文執筆時)
受賞論文
相樂悠太 東京大学大学院人文社会系研究科研究員 「イブン・アラビー思想における神の顕現と人間の心」 『オリエント』第63巻第1号

授賞理由

氏名 授賞理由
相樂悠太  イスラーム神秘哲学の大家であるイブン・アラビーの思想は、弟子のクーナウィーに始まる存在一性論学派によって体系化され、後世に多大な影響を及ぼした。研究者の間でもイブン・アラビー思想は存在一性論学派のフィルターを介して理解されることが多く、特に、イブン・アラビーの主著の一つ『叡智の台座』に対して書かれた数多の注釈書の影響は甚大であった。
 相樂氏の論文は、前時代のスーフィーがイブン・アラビーに与えた影響に目を向けている点で2010年代以降の新しい研究潮流を踏まえており、後世の存在一性論学派の解釈を介さずにイブン・アラビー自身の思想に迫ろうとするものである。相樂氏が本論文で注目するのは人間の心(カルブ)である。カルブはスーフィズムの基礎概念であり、スーフィズム思想史において積み重ねられてきた議論をイブン・アラビーも当然踏まえているものと思われるが、文献学的な検証は必ずしも十分になされてきたわけではない。本論文において相樂氏は、イブン・アラビーの著作を丁寧に読み込み、先行するスーフィー思想との比較にも目配りをしながら、人間の心の変転と神の顕現(タジャッリー)との有機的なつながりを示し、先行する修行論、霊魂論の延長上にイブン・アラビーの認識論的な顕現論があることを明らかにした。
 本論文の優れた点としては、存在一性論学派の議論に引きずられ世界創成論として語られがちであった顕現論を、前時代の思想の影響下で成立した認識論としてとらえ直した点がまずは挙げられよう。『叡智の台座』と並ぶ主著でありながら、あまりに浩瀚で扱いにくかった『マッカ開扉』を積極的に活用し、それにより自説の根拠を明示できた点も評価に値するだろう。また、従来のイブン・アラビー研究における欠落を補い、今後の研究につなげる明確な方法論的見通しを持っている点も評価したい。
以上の理由から、日本オリエント学会理事会は、第43回奨励賞を相樂氏に授与することに決定した。本論文はイブン・アラビー研究の一つのテーマに関して学問上の貢献を果たしたが、イブン・アラビーと前時代の思想家たちとの思想史上の連続・不連続を考えると、解決すべき問題は多数残っているはずである。相樂氏が今回の受賞を契機として、イブン・アラビー思想に関わる他の諸問題の解明にも寄与することを期待する。
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